骨盤骨折
【骨盤骨折について】
骨盤は、背骨と両下肢をつなぎ、上半身の体重を支える「体の土台」となる重要な骨格です。ここを骨折するということは、非常に大きな外力が加わったことを意味し、時には命に関わる重篤な状態を引き起こす危険性があります。
本記事では、骨盤骨折の発生メカニズム、見逃してはいけない重篤な症状、そして最新の治療法から後遺症を防ぐためのリハビリテーションまでを、整形外科専門医の視点から詳しく解説します。
【骨盤骨折とは? – 体の土台が崩れる重篤な怪我】
骨盤は、腸骨、坐骨、恥骨という3つの大きな骨が環状につながり、仙骨・尾骨と共にリング状の構造を作っています。このリングが、交通事故や高所からの墜落などで強い衝撃を受けることにより、破綻することを骨盤骨折と呼びます。
骨盤骨折の主な種類と原因
骨盤骨折は、大きく分けて以下の3つのタイプに分類されます。
- 1.高エネルギー外傷による骨盤骨折(不安定型)
- 2.スポーツ外傷による剥離骨折(若年者に多い)
- 3.脆弱性骨盤骨折(高齢者に多い)
・原因:交通事故(特にバイク、自転車事故)、高所からの墜落(墜落外傷)、労働災害など、非常に大きな力が加わった際に発生します。
・特徴:骨盤のリング構造が複数箇所で破綻し、骨のズレ(転位)が大きく、大量出血や内臓損傷を伴いやすいため、命に関わる危険性が高いタイプです。
・原因:短距離走や跳躍、サッカーなど、強い筋肉の収縮が一瞬で起こった際、骨に付着している腱や靭帯が骨の一部を引っ張って剥がしてしまう骨折です。
・特徴:激しい痛みを伴いますが、骨盤のリング構造の安定性は保たれていることが多く、緊急性は比較的低いタイプです。
・原因: 骨粗鬆症で骨がもろくなった高齢者が、転倒や尻もちなど、比較的軽微な外力で骨折するタイプです。
・特徴: 仙骨や恥骨の骨折が多く、骨のズレが少ない場合もありますが、立ち上がりや歩行が困難になる激痛を伴います。
【見逃してはいけない骨盤骨折の症状と合併症】
骨盤骨折の診断と治療は、単に骨を治すだけでなく、「命を守る」という視点も非常に重要になります。
典型的な症状(激痛と体動不能)
- 激しい痛み
- 歩行不能
- ショック状態
骨盤部(腰から臀部にかけて)に激痛があり、自力で座る、立ち上がる、寝返りを打つなど、体を動かすことができなくなります。
体重をかけることができないため、歩くことは非常に困難です。
大量出血を伴う重症例では、顔面蒼白、冷や汗、意識レベルの低下など、出血性ショックの症状が現れることがあります。
重大な合併症とその危険性
骨盤は体の中心にあり、多くの重要な臓器や血管が内部を通っているため、骨折によってこれらが損傷を受ける可能性があります。
- 1.大量出血
- 2.泌尿器・直腸の損傷
- 3.神経損傷
骨盤骨の周囲には太い血管が多く、骨折した骨の断面が血管を傷つけたり、骨折面から大量に出血したりすることがあります。出血量が多いと、血圧が急激に下がり、命に関わります。
骨盤の内側には、膀胱や尿道、直腸といった排泄に関わる臓器があります。骨折によりこれらが損傷されると、血尿、排尿障害、直腸からの出血などの症状が現れます。
骨盤の近くを通る坐骨神経などが損傷を受けると、足のしびれや麻痺(足が動かせない、感覚がない)などの後遺症が残ることがあります。
【骨盤骨折の診断と緊急時の治療方針】
骨盤骨折の治療方針は、患者様の生命に関わる緊急度によって大きく変わります。
診断の流れ(画像検査と全身評価)
- 1.画像検査
- 2.全身状態の評価
まずはレントゲン検査で骨折の有無とタイプを大まかに確認します。骨折の状態や周囲の臓器損傷の有無を詳細に調べるために、CT検査が不可欠となります。
血圧、意識レベル、呼吸状態、そして腹部の診察から、臓器損傷や大量出血の有無を緊急で確認します。
重症例における治療の優先順位
不安定型骨盤骨折では、「骨を治す」ことよりも「命を救う」ことが最優先されます。
- 1.ショックへの対応(救命処置)
- 2.骨盤の安定化(緊急外固定)
・輸液・輸血: 不安定な血圧を維持するため、迅速に輸液や輸血を行います。
・止血処置(塞栓術): 動脈からの出血が疑われる場合、カテーテルを血管に通し、出血部位を人工的に詰めて止血する「動脈塞栓術」という専門的な処置が施される場合があります。
・骨折した骨盤をベルトや特殊な器具で圧迫・固定し、骨盤内の出血スペースを狭めることで、さらなる出血を防ぎます。
骨折に対する治療法
救命処置が完了し、全身状態が安定した後、骨折そのものの治療が行われます。
- 1.保存的治療(手術をしない方法)
- 2.手術的治療(外科的療法)
・骨のズレ(転位)が少ない場合や、剥離骨折など、骨盤のリング構造の安定性が保たれている場合に選択されます。
・安静を基本とし、痛みが強い場合は神経ブロック療法(痛みを緩和する注射)を併用します。安定化のためにコルセットや装具を用いることもあります。
・骨のズレが著しく大きい場合や、骨盤の安定性が損なわれている場合に実施されます。
・骨折した骨を元の位置に戻し(整復)、金属製のスクリュー(ねじ)やプレートなどを用いて強固に固定する手術が行われます。
【後遺症を防ぐためのリハビリテーションと予防策】
骨盤骨折は、長期の安静が必要になることが多いため、リハビリテーションが予後を大きく左右します。
早期リハビリテーションの重要性
骨折治療が安定した段階で、理学療法士の指導のもと、できるだけ早くリハビリを開始します。
- 目的
- 注意点
関節の動きの回復(可動域訓練)、筋力の維持・強化、早期の日常生活復帰
骨折の固定性が十分に得られるまでは、体重をかける量や動作が厳しく制限されます。専門家の指示を必ず守ることが重要です。
骨盤骨折を防ぐための予防策
高エネルギー外傷による骨折は完全に防ぐことが難しいですが、リスクを減らす意識は大切です。
- 1.交通安全の徹底
- 2.骨粗鬆症の治療(高齢者の予防)
- 3.スポーツ時の注意
自動車やバイクの運転時には、法定速度を守り、シートベルトを正しく着用するなど、交通事故防止に努めます。
高齢者の骨盤骨折の多くは、骨粗鬆症が背景にあります。定期的な骨密度検査と、薬物療法による骨質の強化が、軽微な外力による骨折を防ぐために極めて重要です。
準備運動を徹底し、疲労が溜まっている時などは無理な動作を避け、過度な筋肉の収縮による剥離骨折を防ぎましょう。
【まとめ】
骨盤骨折は、原因によって重症度が大きく異なりますが、特に高エネルギー外傷によるものは救急対応が必要な重篤な疾患です。激しい腰や股関節周辺の痛み、歩行不能などの症状が見られた場合は、一刻も早く整形外科のある医療機関を受診してください。
当院では、専門医による正確な診断のもと、患者様の状態に応じた適切な治療方針を決定し、骨盤骨折後の機能回復に向けたリハビリテーションを徹底してサポートいたします。ご自身の健康と安全を守るため、日頃から安全意識を持ち、特に高齢の方は骨粗鬆症の予防・治療に努めましょう。

